俊輔にやられた、CKの守備が甘い!

<アディショナル・タイムでの失点、沈み込むサポ>

アウェーでの対戦では快勝したのだったが、俊輔のCKから2失点し菅井のゴールも虚しく敗戦。
攻撃パターンがハマった部分で得点出来ず、マリノスからボールを奪うのに精一杯という試合。

アディショナル・タイムでの失点での敗戦は頂けない、ベガサポの失意はかなり大きかった。
下位チームが軒並み引き分け以下だった為13位、だが、上位を窺うチャンスを逃したと言える。


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アディショナル・タイムで失点し敗戦、沈み込むベガルタサポーター



<マルコスのサイン入りレプリカ・ユニフォームをゲット>

ところで、この試合でサイン入りレプリカ・ユニ付エキサイティング・シートが販売されました。
余りのお得感から購入してしまい、マルコスのサイン入りレプリカ・ユニをゲットしました。

試合の前半はエキサイティング・シートに着席していたので、カメラ撮影禁止に付き写真無し。
従って、この試合の写真は後半からのものに。菅井のゴールは目の前で観たが写真撮りたかった。


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当時のレプリカ・ユニでは無いですが、憧れのマルコスのサイン入りユニです



<俊輔にやられた試合だった、しかし見事なCKだ>

アディショナル・タイム4分の終了間際だった、CKを与えてしまい俊輔にまたも決められた。
「あ~っ」呆気に取られたベガサポの溜息が漏れる。太鼓の音とは裏腹にユアスタは沈み込んだ。

CKの名手俊輔を褒めるべきなのか、CKから連続3失点のベガルタの守備の問題なのだろうか。
恐らく、後者なのだと思う。渡邉監督も試合後に語っていたが、集中力が切れているのだろう。


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後半アディショナル・タイム、中村俊輔のCKから下平にヘッドで決められてしまった。



<攻撃力の強化は窺えるが、決定力不足は同じ>

後半の野沢を投入後からベガルタのボールキープ力が高くなり、攻撃のリズムも良くなった。
中沢を相手に武藤へキラーパスを出せる野沢はやはり流石だ。だが、何故か武藤はパスを選択。


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中沢を相手に武藤へキラーパスを出す野沢、ドリブルをするも武藤は後ろへパス



やはり後半から投入の柳沢から梁へスルーパスが通り、梁がシュートを放つがGK顔面に当たる。
武藤にも梁にもGKとの1対1の決定的な場面ではしっかりと決め切ってゴールを奪って欲しい。



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柳沢からのスルーパスが梁に通った、GKが上手かったが梁には決めて欲しかった




<大海のケガの再発が心配、痛がっていたが>

相手選手との接触転倒後だろうか、大海が右膝靭帯の辺りを抑えて痛がっていたのが気になった。
大丈夫だろうか、ケガの再発で無いと良いのだが。今度やってしまったら選手生命が危ないかも。


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右膝靭帯の辺りを抑えて痛がる大海、主審には大丈夫と答えた様だったが



<3連敗は許されない、次節の新潟戦は必勝しか無い>

次節は苦手のビッグ・スワンだが、その後は鹿島、川崎戦だ、不調の新潟には勝たねばならない。
CKへの集中力アップ対策と、野沢は先発で最初から使った方が良いのではと感じたのだが。



*** テレビでの「アレ」が虐めの構造の元凶だ ***

<テレビという教室で「虐め」が推進されている>

テレビという媒体がもたらす社会への影響力は、学校の教室での教師が握る権力に似ている。
テレビの司会者やコンテーターが一方的に流す意見の発信を、鵜呑みにする国民が多いからだ。

その意味で、恐らく大多数の国民はテレビという媒体で「洗脳」されている状態なのである。
そしてこの「洗脳」は、「僕という操り人形」を使う事で国民が知らず知らずの内に行われている。

あらゆるテレビ番組で或いはCMで「続ける」「繋ぐ」とやらせているのはその目的の為である。
僕という個人の意思や人権を無視して「続ける」「繋ぐ」とやるのは、即ち「僕への虐め」である。

この「虐め」を、教室であるテレビや校内放送であるテレビCMで強制的に行っているのである。
言わば公共放送というテレビで「僕への虐め」を社会的に行っている構造がそこにあるのだ。



<僕への虐めが、社会的正義なのか?社会の目的なのか?>

テレビ番組やテレビCMで公然と毎日流されている僕への虐めが、社会の目的なのだろうか?
そんな筈は有り得ない。だが、これが社会的正義や目的であるかの様に洗脳されてはいないか?

僕をある意味での「悪役」に仕立て上げる事で、僕への虐めを正当化させて推進させている。
僕を「悪役」に仕立てる事で、僕への虐めは助長されより過激になる。まさに虐めの構造なのだ。

僕への虐めに参加し協力する事が、社会的正義であるという錯覚さえ社会に根付いてはいないか。
「虐め」というものが無くなる筈も無い。何故なら、テレビで僕への虐めを推進しているのだから。



<官僚が国民を支配する為の道具なのである>

僕という虚像をでっち上げて社会を支配する、戦後日本に作られたマスコミ操作の仕掛けである。
あらゆるテレビ番組やCMによって、国民は知らず知らずの内に思想的に洗脳されている。

既に東西冷戦も終結し、この似非民主主義とも言うべき恐ろしい仕掛けの存在理由も無くなった。
官僚とその天下り組織がそれの維持の為に、このシステムを永遠と続けようと画策しているのだ。

天皇家の似非事の国民支配システムを続けるのは、彼ら自身の組織維持が目的に変容している。
新たに僕の様な犠牲者をでっち上げてこの似非事を続け様としているのは、その為なのである。



<パンドラの箱は開けられた 茶番劇は終わらせよう>

幼い頃からこの茶番劇を強要され、まるで拉致被害者の様な人生を強いられて来た僕という存在。
僕からは一切の意見の発信も許されていなかったのだが、インターネットがそれを可能にした。

斯くしてパンドラの箱は開けられた。僕の本当の意思や考えが表に出た以上、後へは戻れない。
官僚やその下部組織は、もう僕の意思や人権を無視して国民支配の茶番劇を続ける事は出来ない。



<奴らの国民支配を終わらせよう! 僕を解放して欲しい>

新たな主人公をでっち上げて天皇家の似非事を続け、マスコミや国民の支配を続け様と企む奴ら。
僕という個人の意思や人権を無視した、民主主義とは言えない仕掛けを維持しようとしている。

長い間、国民はこのおかしな社会システムが社会正義であり社会の目的だと刷り込まされて来た。
大半の人生をこのおかしなシステムに利用され続け拉致被害者の様な犠牲を、僕は強いられて来た。

冷戦時代に日本に作られたこんなマスコミや国民支配の仕掛けは、もう日本に必要は無い筈。
日本は「人権尊重」を謳う民主主義国家である。システムを廃止し、僕を解放しなければならない。



<僕の解放運動>

■こんなモノは日本に要らない! 廃止・解放へ! :http://blogs.yahoo.co.jp/ming_sunfield/47458227.html

■50年の虐待から解放されたゾウ: http://blogs.yahoo.co.jp/ming_sunfield/47689016.html

■野球ファンを煽って洗脳している :http://blogs.yahoo.co.jp/ming_sunfield/47663244.html

■CMをする程に売れなくなる :http://blogs.yahoo.co.jp/ming_sunfield/47645770.html