| 同じDNA鑑定の飯塚事件は既に死刑執行 |
<足利事件の菅家利和さんが釈放>
一昨日、足利事件で無期懲役が確定していた菅家利和さん(62)が釈放になった。
栃木県足利市で1990年、女児(当時4歳)を誘拐、殺害したとする殺人罪などで無期懲役が確定した菅家利和さんの再審請求の即時抗告審で、東京高裁の嘱託鑑定の結果、女児の着衣に付着した体液と菅家受刑者のDNA型が一致しなかったことによる。
有罪の決め手となった当時のDNA鑑定がいいかげんなものであったことが、最新の超高精度のDNA鑑定によって明らかになり完全に否定されたためである。
栃木県足利市で1990年、女児(当時4歳)を誘拐、殺害したとする殺人罪などで無期懲役が確定した菅家利和さんの再審請求の即時抗告審で、東京高裁の嘱託鑑定の結果、女児の着衣に付着した体液と菅家受刑者のDNA型が一致しなかったことによる。
有罪の決め手となった当時のDNA鑑定がいいかげんなものであったことが、最新の超高精度のDNA鑑定によって明らかになり完全に否定されたためである。
90年代、DNA鑑定は導入されたばかりで、当時の同鑑定法に対する過信が招いた誤審であったと言ってよい。
全面対決姿勢を貫いていた検察当局の全面降伏という結果であった。また、再審を10年以上も認めなかった裁判所も完全に敗北したと言ってよい。
全面対決姿勢を貫いていた検察当局の全面降伏という結果であった。また、再審を10年以上も認めなかった裁判所も完全に敗北したと言ってよい。
もしも、裁判所が10年前に再審を認めていれば、この足利事件は時効を迎える前に新たな捜査を行えたかも知れないのである。
そして何よりも、全く事件に関係が無く無実であった菅家利和さんが受けた、17年半という失われた人生の大きな損失を、どうこれから償うのかという問いを思わずにはいられないのである。
そして何よりも、全く事件に関係が無く無実であった菅家利和さんが受けた、17年半という失われた人生の大きな損失を、どうこれから償うのかという問いを思わずにはいられないのである。
無罪(無実)確定したら、この件に関わった捜査関係者や検察関係者は菅家利和さんに謝罪しなくてはならない。
菅家利和さん本人の記者会見によると、江戸時代の岡っ引きのような暴力的な自白の強要がなされたというではないか。
当時の捜査を行った栃木県警の元捜査本部長が書いているブログは、激しい批判の嵐で炎上したという。もっともであると思う。
菅家利和さん本人の記者会見によると、江戸時代の岡っ引きのような暴力的な自白の強要がなされたというではないか。
当時の捜査を行った栃木県警の元捜査本部長が書いているブログは、激しい批判の嵐で炎上したという。もっともであると思う。
菅家利和さんには、一日でも早く、失った17年半の損失と苦痛を取り戻してもらいたいと願うばかりである。
それには、社会の多くの人々の彼への謝罪の気持ちと協力が不可欠であると思うのである。
それには、社会の多くの人々の彼への謝罪の気持ちと協力が不可欠であると思うのである。
また、警察や検察での捜査の透明化やその映像記録化についての論議も、これを機に行われるべきであると思うのである。
<昨年、死刑執行された飯塚事件への疑問>
最高検は、足利事件と同時期にDNA型鑑定した事件について、被害者の着衣など関連証拠を保存するよう全国の地検に指示する方針を明らかにした。
これは同様の当時のDNA鑑定に関係する事案が多数あるためで、これらの再審請求に備えるためである。
これは同様の当時のDNA鑑定に関係する事案が多数あるためで、これらの再審請求に備えるためである。
しかし、その中には昨年10月に死刑が執行されてしまった「飯塚事件」があるのである。
刑が確定した久間三千年死刑囚に死刑が執行されてしまった以上、仮にこれから無実が証明されても、もう取り返しがつかないのである。
刑が確定した久間三千年死刑囚に死刑が執行されてしまった以上、仮にこれから無実が証明されても、もう取り返しがつかないのである。
飯塚事件とは1992年に小学校1年生だった女児2人(当時7歳)が登校中に行方不明になり遺体で発見された殺人事件で、容疑者から自白は得られなかったが導入されたばかりのDNA鑑定によって有罪判決が確定したという、今回の足利事件と類似の事件である。
やはり決め手となったのは当時のDNA鑑定であって、足利事件の無実が最新の再鑑定によって証明された以上、再審がなされるべき事案であると見られるのである。
この弁護団は、死刑の執行後ではあるが、近く再審請求を出すのだと言う。
やはり決め手となったのは当時のDNA鑑定であって、足利事件の無実が最新の再鑑定によって証明された以上、再審がなされるべき事案であると見られるのである。
この弁護団は、死刑の執行後ではあるが、近く再審請求を出すのだと言う。
この飯塚事件は当時からマスコミなどで冤罪ではないかと言われ続けて来た事件である。
検察側が法廷に証拠として提出した2種の検査では、いずれも被告人と一致したとの鑑定結果であった。しかし、逮捕前に検察が第三者機関による鑑定として帝京大学で行われた鑑定では、検察側鑑定と同様に被告人と毛髪と被害者に付着していた犯人と思われる血痕が比較分析されたが被告人のDNAと一致しないという結果が出ていた。
検察側が法廷に証拠として提出した2種の検査では、いずれも被告人と一致したとの鑑定結果であった。しかし、逮捕前に検察が第三者機関による鑑定として帝京大学で行われた鑑定では、検察側鑑定と同様に被告人と毛髪と被害者に付着していた犯人と思われる血痕が比較分析されたが被告人のDNAと一致しないという結果が出ていた。
もしも再鑑定の結果、久間三千年死刑囚が犯人では無く、無罪どころか無実であると結論されたならばいったいどうするのであろうか。死刑は昨年執行されてしまっているのである。
久間三千年死刑囚は終始一貫して冤罪を主張していた。
弁護団も再審のための準備をしていたのだが、100人のうちで65番目だった久間三千年死刑囚は異例の早さで死刑の執行に至っているのだという。
弁護団も再審のための準備をしていたのだが、100人のうちで65番目だった久間三千年死刑囚は異例の早さで死刑の執行に至っているのだという。
死刑の執行には法務大臣の決裁が必要だが、当時の法務大臣は現在の麻生内閣の森英介法務大臣であった。
今後行われるであろう再鑑定やその結果には、社会の大きな関心が集まるのは必至であると見られる。
今後行われるであろう再鑑定やその結果には、社会の大きな関心が集まるのは必至であると見られる。
冤罪であるものを、犯人に仕立てて、死刑まで執行してしまったとしたならば、いったい誰がその責任を取るのだろうか。
もしも冤罪であったならば、久間三千年死刑囚はどんな気持ちでその死刑の執行を受けたのであろうか。恐ろしい限りである。
もしも冤罪であったならば、久間三千年死刑囚はどんな気持ちでその死刑の執行を受けたのであろうか。恐ろしい限りである。


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