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レーサー

 スターティング・グリッドに全車整列を完了。
 僕は「ブォッ、ブォッ」と5,500回転付近にアクセルを吹かしながら、ヘルメット越しに、スタート・シグナルに全神経を集中させる。
 赤が全部点り、そして、青。
 クラッチをミートし、フル・スロットルだ。
 「キュル、キュル、キュル」、後輪が僅かにスリップしている。絶妙なスタートだった。
 
 無我夢中だった。どのように走ったかはよく覚えていない。多分、1~2台を抜いたような気がする。
 直ぐに1コーナーが迫る。右カーブだ。
 全車が全速で突っ込み、フル・ブレーキングする。かなり混雑している。僕は直ぐ右前の車の後ろに入って1コーナーを右へ曲がった。

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 もう、10年以上も前の話だ。
 ここは、スポーツランドSUGO国際公認レーシングコース・サーキットである。
 僕は、Aライ(A級ライセンス)取得の最終種目、実技試験をやっている。
 実技試験とは言っても、何もかも本物のレースと同じだ。オープニング・ラップの後、グリット・スタートをしてコースを6~7周する。追い抜きは自由だ。
 今日は朝早くから、Bライ取得のためのダート競技に参加し、午後からはAライの学科試験を受けたのだ。

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 2コーナー、また右カーブだ。さっきのオープニング・ラップでは失敗している。
 このコーナーの立ち上がりでスピードを出し過ぎて、次の3コーナー(左カーブ)で大きく脹らんでしまったのだ。
 
 バック・ミラーにグレーのシルビアが映った。どうも、僕のスカGを狙っているらしい。
 3コーナーかその後のヘア・ピン・コーナー(左カーブ)辺りで、抜いて来る気なのだろう。そう直感した。
 格下のシルビアに追い抜かれるわけにはいかない。だが、低速コーナーでは、車重が軽い向こうに分があるのかも知れない。

 2コーナーをハーフ・スピン状態で抜けた後、直ぐにフル・ブレーキだ。脹らまないようにしながら、3コーナーのインを閉めるようにして走った。

 必死だった。丁寧に車を操作しているようだったが、かなり焦ってもいた。
 相手はまだ出て来ない。
 そのうち、ヘア・ピン(左カーブ)が迫って来た。
 ここでインを閉めることが出来れば、相手の追い抜きをかわせる。
 フル・ブレーキングをし、ヘア・ピンのインを閉めた。

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 SUGOのサーキットはこの後、急な上り坂になる。S字コーナーを左へ右へとリズミカルに登って行き、ハイポイント・コーナー(右カーブ)に達する。
 
 ここまでバック・ミラーを見る余裕などは無かった。
 ハイポイント・コーナーと次のレインボー・コーナー(右カーブ)を抜けた後、やっとストレートのバック・ストレッチに出て、ミラーで、例のシルビアが居ないのに気が付いた。
 おそらくだが、さっきのヘア・ピン・コーナーの辺りで失速でもしたのだろう。あそこで失速すれば、その後の登り坂はスピードに乗れない。

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 サーキットではストレートなどほんの一瞬だ。ギアを上げながらフル・スロットルで走ると、もう直ぐにコーナーが迫って来るのだ。
 馬の背コーナー(右カーブ)。SUGOサーキットの名物高速コーナーだ。
 丁度、馬の背のように、登り下りしながら曲がるので、先が見えない。しかも、直前までブレーキを遅らせるので、高速で恐ろしいコーナーなのだ。
 1度や2度ではうまくなんて走れない。
 
 続いてSPコーナーがやって来る。スプーンコーナーのような複合コーナーで左カーブだ。
 そして最後の最終コーナーである。このコーナーにはバンクが付いている。つまり、車が曲がりやすいように、コースの外側に向かって傾斜がつけられているのだ。
 珍しいコーナーである。右に曲がっていくのだが、左側は山のように高くて圧迫感がある。
 
 この最終コーナーを抜けると、ホームストレートに戻る。
 ホームストレートでのスピードは、最終コーナーを抜けるときの加速に掛かっている。
 僕の車は、ターボ付きであるためか、ホームストレートで速かった。と思う。多分、2~3台追い抜いている。

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 ところで、僕のスタートの順番なのだが、5番目くらいだったと思う。。
 思う、というのは説明会のときに、自分の前の車だけを覚えるように言われていたので、順番が分からなかったのである。
 参加車両は全部で20台くらいで、速い車と思われる車種の順序になっていたのだと思う。僕の前には、同じスカGが2~3台いた。

 ただ、先頭の車は知っている。レースカー仕様のシビックだ。
 レースカー仕様なので運転席以外に座席シートは無く、代わりにロール・バーが付いていた。白い車体にはいろいろなロゴマークが張り付けられていたのだった。
 何でも、鈴鹿での「シビック・カップ・レース」に出場するのに、Aライが間に合わないので、名古屋からわざわざ仙台にまで来て取得するのだという。
 レースカーは公道を走れないので、トレーラーに載せて運んで来たのだそうである。

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 さて、5週目くらいのとき、ちょっとした事件が起きた。

 辺りはもう夕闇の世界に入ろうとしていた。ヘッドライトは最初から点灯させている。
 ホームストレートで、僕は、前の車の直ぐ後ろに着けた。更にその前にもう1台いた。薄暗かったが、どちらもスカGのように見えた。
 抜けそうなのだが、この周回ではまだ無理なような気もする。
 ピット前を通り過ぎ、もう直ぐ1コーナーになる。やっぱり無理だ。
 3台が団子状態で1コーナーに突っ込んで行く。抜くか止めるか早く判断しないと危険だ。

 そのときである。正面上方にライトアップされて「黄旗」が振られているのが見えた。かなり激しく、僕に向かって振っているようだった。
 「黄旗」は「追い抜き禁止」の信号である。ここで追い抜いたりすれば、「黒旗」(失格)が出される。
 追い抜きは危険だから中止しろと言っているのだ。
 しかし、僕は既に、抜きにかかっていてブレーキングはかえって危険だとも思えた。
 
 急ブレーキだった。ヒール・アンド・トゥーで、時速170kmぐらいからいきなり50kmぐらいにまで落としたように思う。
 タイヤは危うくロックし掛けた。ロック寸前だった。
 前のスカGに追突しそうなので、ターンするときのように、ブレーキを少しだけ緩めてグリップを回復させハンドルを左に切ってかわし、1コーナーを右へ大きく回った。
 危機一髪だった。だが、どうにか無事に切り抜けられたらしい。
 「黒旗」も振られずに済んだようだった。

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 斯くして、僕は無事にAライを取得出来たのだった。レーサーである。
 といっても、これは何の意味も無いことだ。レーサーのスタートに過ぎないのだ。
 レーサーは、レースで実績を挙げ、ステージをステップアップして行かないと意味が無いのだ。
 その頂点がF1だ。そこまでは5段か6段もステージがあるのだ。
 
 カーレースに参加するには、レースカーやその整備費などで最低300万円はお金が掛かる。
 この資金的なことや時間の無さなどで、僕は1度もレースへ出場したことが無い。ただ、あるレーシング・チームに所属はしていた。
 このAライを持っていて良かったと思ったことはあまり無いし、他人に見せたことも殆ど無い。
 ただ1度、海外旅行に行ってレンタカーを借りたときに、外人(実は僕が外人)の係員のきれいな女性が、免許証の提示で英語で表記してあるAライの方を見て僕をレーサーだと見てくれたことがあった。
 僕がAライを持っていて良かったと思ったのは、このときだけだったのかも知れない。

ホームページの記事:http://www.akira-hino.jp/new_page_260.htm

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